最高裁判所大法廷 昭和24年(新つ)11号 決定 1950年3月27日
主文
本件特別抗告を棄却する。
理由
抗告人松井佐の特別抗告理由について。
所論のごとく弁護人が「訴訟の途中に於て本件公訴の提起が合憲性を有するや否やに付重大なる疑問を生じた」からといって公訴棄却の申立をしても裁判所が事案を審理するに当り、これに関する弁護人の申立を却下するに際し、公訴提起の憲法適否につき理由を示さなければならぬことは、憲法上も訴訟法上も要請されてはいないのである。それ故、論旨を採ることはできない。
よって刑訴四三四條、四二六條一項後段に從い主文のとおり決定する。
以上は裁判官齋藤悠輔、同沢田竹治郎を除く、その他の裁判官全員の一致した意見である。
右齋藤、沢田両裁判官の意見は次のとおりである。
本件特別抗告について主張するところは次のとおりである。
すなわち、被告人山下竹一の本件犯行は脅迫に因るものでその自由意思に基づくものでないから、期待可能性なく、被告人金在成及び同松尾健兒は密輸入品たる情を知らなかったものである。從ってこれを起訴した本件公訴は起訴権を濫用したもので憲法一一條、一二條、一四條、三四條に違反する疑がある。しかるに佐賀地方裁判所伊萬里支部は昭和二四年九月二日何等理由を示さずして抗告人の公訴棄却の判決を求める申立を却下し、その侭事実審理に入る旨の訴訟指揮の裁判をしたのは有罪の予断を抱き居るものであるから、刑訴三〇九條二項に則り異議の申立をしたところ、これを却下する旨の決定をした。よって憲法違反と認め刑訴四三三條に則り該異議申立却下決定を取り消し、同裁判所は本件公訴が憲法上有効なりや否やを判断において示すべきことを求めるというのである。
記録を調査すると、所論公訴棄却の申立に対し、検察官は、弁護人主張の犯意に関する事実は本件の審理をまって初めて判るものでその理由がない旨意見を述べ、原審は抗告人の申立はその理由なきものと認め却下する旨決定を言い渡したもので、所論のように何等理由を示さないで却下したものでないこと明らかである。そして、抗告人主張の理由だけでは本件公訴権を濫用したといえないばかりでなく、毫も所論憲法の條規に反するものとはいえない。しかるに、記録で明らかなように、抗告人は右却下決定が言い渡され未だ事実審理に入る旨の宣言もないにかかわらず即時却下決定に対し予め作成して来た「本件が起訴権を濫用したりと申立てたるに之を却下し判事はその侭何等却下の理由を解明せずして事実審理に入る旨の訴訟指揮の裁判をなしたるは洵に有罪の予断を抱き居るものにして茲に刑訴三〇九條二項に則り異議申立てる次第なり」と全く事実に副わない記載をした異議申立書に基き異議を申し立てたものであるから、訴訟指揮の裁判もないのに異議申立権を濫用したものであること明白であって、原審がこれを理由なきものと認め却下したのは当然である。そして本件特別抗告の実質的内容は、その主張自体で明らかなように公訴棄却の申し立を却下する決定に対する抗告であるのか又は異議却下決定に対する抗告であるのか明らかでないばかりでなく、その理由とするところは、單に憲法違反なりと主張するだけで特に特別抗告を許す刑訴四三三條に規定する同四〇五條所定の事由に該当する具体的な理由は何等示していない。それ故本件抗告は採用することができない。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)